― 浮かんだノイズ ―
女が――いや、麻衣が木村を指差して笑った。
「あ、裕典。もしかして、私とマスターの仲疑ってる?」
そう言うと、チラッと俺を一瞥してから続けた。
「ないない」
俺は、自分の表情が少しひきつるのが分かった。
そのせいか分からないが、麻衣は慌てたようすで取り繕った。
「あ、ごめんなさい! そういう意味じゃ……」
しかし、そう言ってから、ふと思い立ったように意味深で悲しげな表情をした。
「でも、ほら……美樹さんのこともあるし……ねぇ……」
再び俺の背筋に悪寒が走った。
それを打ち消すように俺は目を強く閉じた。
麻衣がこの女に憑依しているなど、やはり信じるわけにはいかない――
そんなわけはない――
そんなことを認めたら、美樹が……ということもあり得ることに――
俺は、バカなことを考えるな、と頭の中で何回か反芻すると目を開いた。
そんな俺を気に留めるようすもなく、木村と女は話し続けていた。
「ホントは麻衣もそう思ってたのか? 俺に才能がないって」
「そんなの分からないよ。私はただ、裕典と生きていきたかっただけだから」
木村はなんの疑いもなく、女を麻衣と呼んでいた。
やめてくれ――
木村は女に歩み寄ると、その両肩に手をかけ、女と見つめ合った。
この女は何が目的でここに来た――?
美樹さんのこともあるし……だと? それは、どういう意味だ?
何のことを言っている?
何を知ってる?
俺の背中は冷たい汗に濡れていた。
気づくと、掌に痛みを感じた。
指の爪が掌に食い込んでいた。
その痛みに、あの日美樹が使ったマイクケーブルの感触が蘇った。
俺はその記憶を振り払うため、目の前の事に意識を戻した。
すると、木村の手が女を引き寄せ、見つめ合う二人の顔がゆっくりと近づいていくのが目に入った。
俺は、その時、何か嫌な予感がした。
それが何かははっきりとは分からなかった。
ただ、何か禍をこの女が持って来たのではないか――
そんな気がした。
ふと気づくと、そんな俺にはかまわずに、木村と女の唇は近づき触れそうになっていた。
おいおいっ! なにしてる、木村っ!?――
俺が口を開きかけた、その時だった。
「ちょっとやめてくださいよっ!」
女が大声で叫び、木村を突き放した。
そして、自分の隣の誰もいない空間に怒ったように続けた。
「もう! ちょっとぉ! そういうのに私の体使わないでください!!」
女は誰もいない空間に向かって会話するように話し続けた。
「え? いや、そこは諦めてもらわないと……」
俺と木村はただ呆然と、その様子を眺めるしかなかった。
「そんな、って……私だって困りますよ」
女はそう言うと、他人の話に耳を傾けるような仕草で何度か頷いた。
「え? もう無理です。私の体力が持ちませんから。……え? はぁ……うーん、まぁ……あー……分かりました。それなら……」
女は何か納得したようで、小さく頷いてから木村を見た。
「えーと。あのですね。とりあえず、麻衣さんからのメッセージを伝えることになりました」
「え? あ、はい……あ? いや、麻衣……? さっきの続き……は……?」
木村が懇願するように女を見た。
「え? いやいや無理です無理です」
「そんなぁ……えー……」
木村は残念そうな顔をすると、なおもすがるような目で女を見た。
「無理です。だいたい、あれ結構体力的にきついんですから。これ以上は私の命もあぶないんで。ダメです」
「いや、そこをなんとか……」
「ダメだって言ってるじゃないですか! 分かんないかなぁ!!」
女のそれまで穏やかだった表情が歪むのを見て、木村はしょぼくれたような拗ねてあまえた目で、女の隣の空間を見た。
木村は完全に順応していた。
この異様で奇妙な、おかしな状況に……
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