浮かんだノイズ
バーを経営をする『俺』には最近気になっている事があった。
それは、客の入りが悪いことと、なぜか店内の物がいつのまにか移動していること。
バイト店員だった木村が夢を諦めて故郷に帰るという夜、見慣れない黒いワンピースの女が店にやってくる……
第1話 黒いワンピースの女
― 浮かんだノイズ ― あの妙な女が現れたのは果たして偶然ぐうぜんだったのだろうか―― ふと、そんなことを考えると、俺の頭の中でそれまでのことが目まぐるしくよぎっていった…… × × × 客のいない薄暗い店内。カウンターテーブルの向こうでは木村がカールスバーグの瓶びんに口をつけた。 一応、グラスも用意してやったのだが、木村はそれには手をつけなかった。俺がグラスを磨みがいている最中さいちゅうだからだろう。 スツールに腰をかけた木村の傍そばには、ギターケースと30リッターサイズのスーツケースが ...
第2話 築城前夜
― 浮かんだノイズ ― 俺は大学進学と同時に上京した。 一浪しての入学だった。 高校生の時から、自分はバンドでプロのミュージシャンになるものだと思いこんでいて、軽音サークルにも参加した。 しかし、三年生にもなると、同級生たちは意識を就職活動にシフトしていき、周りはほとんどが下級生で、あとは数人の同級生とほんの僅わずかかな年上の同級生と上級生になってしまった。 元々、大学に進学するつもりはなかった。 タクシーの運転手をしながら男手ひとつで俺を育てた父親が、自分が苦労したのは、ガク・・がなかったか ...
第3話 僅かな違和感
― 浮かんだノイズ ― 俺の店は、ライブバーとは謳うたっているものの、小さなステージでドラムセットなどを置くスペースはない。アコースティックギターでのデュオがせいぜいのサイズだ。 出演者はサークル時代の後輩の伝手つての、金のない学生がほとんどだったので、ブッキング料なども取れず、それを聴きに来る客もそのまた伝手の学生たちなのでオーダーも控えめだった。 そんな感じだったので、最初のうちはまだ良かったが、面子めんつがある程度ローテーションしてしまうと、次第に客が入らなくなっていった。 金曜の夜や週末は ...
第4話 四周年
― 浮かんだノイズ ― 俺は、磨いていたグラスをラックに置いた。 「いいですよ。どうぞ」 俺が言うと、女は軽く頭を下げてから木村と一つ席を空けて座ったかと思うと、すぐにスマホを取り出して操作をし始めた。 木村は女を見ながらスツールに腰掛け直すと、俺に苦笑いを見せて首を傾かしげた。 俺は、それには応こたえずにわざと真面目な表情で言った。 「早いけど開けるか」 「あー、俺やりますよ」 木村はドアへ向かおうとする俺に言って、今座ったばかりのスツールから勢いよく降りた。 「あっ、ちょっと待ってください」 ...
第5話 その女…月
― 浮かんだノイズ ― 「お待ち合わせですか?」 俺は訊たずねねた。 すると、女は逡巡しゅんじゅんするように少し目を泳がせた。 「あー、いいえ」 「何にしますか?」 俺が訊《き》くと、女は呆気あっけにとられたような表情を一瞬見せた。 「あ、ああ、じゃあ……」 そう言って女は俺の背後にある酒瓶が並ぶラックに視線を走らせた。 「アップルジュース……って、ありますか?」 俺は、腐るものをそんな所に置くわけないだろう、と思いつつ、酒場にやや強引に入ってきたわりには、注文がソフトドリンクだったので拍子抜 ...
第6話 木村のこと
― 浮かんだノイズ ― 俺と美樹が新しいバイトを探していた頃、木村は俺の店でライブをやるようになって2年が過ぎていたが、ファンがあまり増えないことに悩んでいた。 その結果、自分の本気度が足りない、という答えにたどり着いたらしく、音楽に専念する、といって警備員のバイトを辞めた。 警備員のバイト料は木村曰いわくそれほど悪くなかったらしく、使う金といえば、ボロアパートの家賃とスーパーで買うカップ麺とたまに牛丼、そして俺の店での飲み代とギターの弦くらいだったらしく、多少の蓄たくわえはあったようだった。 し ...
第7話 空席に呟く女
― 浮かんだノイズ ― よりによって、死んだ彼女の写真を忘れるか?―― 俺は呆あきれながら視線をずらしたのだが、ふと女が木村を見つめているのが視界に入った。 その目には少し怒りのような、蔑さげすむような、そんな不快感が浮かんでいるように見えた。 俺の視線に気づいたのか、女がこちらを見たが、俺と目が合うと慌あわてて手元のグラスに視線を落としアップルジュースを一口飲むと、再びスマホを操作し始めた。 この女は、木村を知っている……? きっと木村に用があってここに来たのだ。 俺はそう思った。 しかし ...
第8話 ハウリング
― 浮かんだノイズ ― 女は、呆気あっけにとられた表情をしている木村に気づくと、あっ、と小さく叫んで慌てて話題を変えた。 「あー、あの、木村さんは、実家に帰るんですか?」 「え? あ、あー……」 木村は曖昧あいまいにうなづいてから俺に何かをうったえるように見た。 女がまた、自分の隣の空間を一瞥《いちべつ》した。 それから、意を決したように木村の方に身を乗り出した。 「すみません。ちょっといいですか?」 「え?」 木村は身構えたが、女はかまわず続けた。 「あのー、まだ、実家に帰るには早いんじゃない ...
第9話 わたしが死んだ
― 浮かんだノイズ ― 「それじゃあ応援してた、こっちがばからしくなるわ!」 唖然《あぜん》とする俺と木村をよそに、女は我を忘れたようにまくしたてた。 「あのさ、音楽やるのにプロとかアマチュアとかってそんなに大事なのかな? それに、やめるとか諦あきらめるとか、わたしが死んだ事と何の関係もないでしょ。ここのバイトだってそう。生活のため、バイトに時間をとられて練習の時間が取れないって言ってたけど、そんなのも言い訳だよ。気力がなくなったとかっていうのも、信念が弱いだけ! 全部自分の責任!。本当はさ、そんなに音 ...
第10話 あの夜のステージ ~麻衣という女~
― 浮かんだノイズ ― 店の奥の暗がりにある誰もいないステージをみつめながら、俺は思い出していた。 満席の店内の奥でライトに照らされた、あの夜・・・のステージには、木村と同様、俺の店で定期的にライブをやっていた和田という男が弾き語りをしていた。 俺がオーダーのカクテルをカウンターテーブルに置くと、麻衣まいはありがとうと言って受け取りすぐにグラスに口をつけた。 麻衣は木村が働いていた警備会社の社員だった。 木村の2歳年上で、最初の頃は警備会社のメンバーの中にたまに混じって店に来ていて、木村がライブ ...
第11話 あいつの才能 ~麻衣という女~
― 浮かんだノイズ ― 「あいつ、なんだよ、ギブソンなんて十年はえーよ」 ステージの和田を見ながら木村は忌々いまいましそうに言うと、客席から回収してきた空きグラスをカウンター裏のシンクに乱暴に置いた。 木村としては無意識につい力が入ってしまったのだろうが、俺はイラっとしたので注意をしようとした。 が、それより少し早いタイミングでカウンター越しの麻衣が声をあげた。 「でも、和田くん、最近いい曲作るようになったと思うけど」 麻衣は木村に向かってそう言ってから俺の方を見た 「ねぇ、マスター」 「え? あ ...
第12話 アコギ事件 ~麻衣という女~
― 浮かんだノイズ ― 麻衣のその不服そうな顔を見て、俺は慌てて取り繕つくろった。 「いや、あの……プロになれないからとか、ならない奴、なりたくない奴、そういうのも全部、才能ないって決めつけちゃっているうちはダメだってことね。だってその時点で、プロになってない自分を才能ないって認めてるってことでしょ」 「なんか、難しいな……」 そう言うと、麻衣はカクテルの入ったグラスに口をつけた。 俺は何かいいことを言ったような気がしたので満足して話題を変えた。 「でもさ、麻衣ちゃん、このままどうするの?」 「え? ...
第13話 あの女…あの目 ~麻衣という女~
― 浮かんだノイズ ― あの夜のことを思い出した俺は、背中に筋を引く冷たいものを感じながら空中をみつめていた。 視界の端には先ほどから変わらず木村の視線があった。 麻衣……いや、そうではない。黒いワンピースの女が言った。 「マスター、ちゃんと言ってください……」 俺はおそるおそる女の方へ視線だけ向けた。 女が誰なのかは分からなかったが、何のこと・・・・を言っているのかは分かっていた。 いったいこの女は何者なんだ? 麻衣の家族? あるいは親族か? でも、何のために? 生前、麻衣に何か頼ま ...
第14話 憑依
― 浮かんだノイズ ― 視界の隅で木村が俺をジッと見ているのが分かった。俺が何かいいわけでもするのだろうと待っているようだった。 しかし、俺は何も答える気はなかった。 そんな状態で膠着こうちゃく状態になりかけたところで女が割って入った。「ねえ、マスター」 俺は内心助かったというような気分で女を見た。 「わたし、さっき月ルナちゃんに聞いて、いろいろ知っちゃったんだけど……」 そう言って女は少し言い淀よどんだ。 そうか……自分に聞いた・・・・・・、か―― 俺の思考回路はおかしくなりそうだった。 ...
第15話 嘆きのキス
― 浮かんだノイズ ― 女が――いや、麻衣・・が木村を指差して笑った。 「あ、裕典ひろのり。もしかして、私とマスターの仲なか疑ってる?」 そう言うと、チラッと俺を一瞥いちべつしてから続けた。 「ないない」 俺は、自分の表情が少しひきつるのが分かった。 そのせいか分からないが、麻衣・・は慌てたようすで取とり繕つくろった。 「あ、ごめんなさい! そういう意味じゃ……」 しかし、そう言ってから、ふと思い立ったように意味深いみしんで悲しげな表情をした。 「でも、ほら……美樹さんのこともあるし……ねぇ…… ...
第16話 微かな嗚咽
― 浮かんだノイズ ― 木村は視線で、女の隣の空間を指し示して確認した。 「そこにいんの?」 「あ、いえ、隣にいますよ」 女が手で、木村の右隣りを指し示した。 木村は自分の右隣りに向くと、少し頭を垂れた。 こちらに背を向けているので木村の顔は見えなかったが、きっと記憶の中にある麻衣の目線の高さあたりを見ているのだろうと俺は思った。 「このあたり……かな?」 「逆です」 木村の肩がピクッと上がった。 言われたとおりの方を木村は向いたのに―― 俺にも何事か意味がわからなかった。 木村は一瞬考える ...
第17話 木村と麻衣
― 浮かんだノイズ ― 異様な光景だった。 女は木村に向かって話すのだが、話しかけられた当の木村は自分の横の誰もいない空間に向かって話していた。 「確かに麻衣の言うとおりだ。俺、麻衣が死んだことを言い訳にしてた。もちろん、麻衣がいなくなったことは辛かったけど。でも、それとこれとは関係ないって分かってた。でも、何かいいわけしないと俺さ……」 そのようすが滑稽こっけいに思えてしまい、俺は笑いそうになったが、同時に、本当にそこに麻衣がいるのだと思うと、居心地の悪いような怖いような複雑な気分になった。 目 ...
第18話 暗がりのステージ
― 浮かんだノイズ ― 女が木村を急せかした。 「木村さん、ちゃんと約束してください」 女に言われると、木村は慌てて麻衣がいるらしき・・・・・・・・空間に向かってまっすぐに背筋を伸ばして立った。 「麻衣、俺、自分に向き合って生きるよ。麻衣の分も幸せになるように。だから、心配しないでほしい。俺、絶対忘れないから麻衣とのこと。初めて会った時のこととか、三回目のデートでパスタにするかラーメンにするかで喧嘩になって結局俺が折れてパスタになったこととか。海に行ったのに俺海パン忘れちゃって、それでも海に入りたくて ...
第19話 フェノミナ
― 浮かんだノイズ ― 女が帰ったあと木村はしばらく放心状態になっていたが、予定どおり夜行バスで実家に帰っていった。 一時はどうなるかと思ったが、気をとりなおした後の木村は、過去の俺の麻衣に対するちょっとしたでき心についても言及することはなかった。 そう、単なるでき心…… いや、冗談程度のものだ。 そもそも最初から本気ではなかったのだから―― 相手にされなかったのではない。俺が、相手にしていなかったのだ。 そして、それに気づいた麻衣が真に受けなかっただけだ―― そう考えると、木村がどう解釈 ...
第20話 こころみる
― 浮かんだノイズ ― オーディオ設備業者の男はスピーカーの細部にエアダスターをかけると、脚立きゃたつから降りて首を傾げた。 「ちょっとメーカーに問い合わせてみないとなんともいえないですね。通電してないのにこれじゃあ……」 そう言って天井から吊るされたスピーカーを訝いぶかし気げに見上げた。 ぶちぶちっ―― ザーッ…… キーーーーーッ……ケケケ…… ざあぁあざざぅあ―― さーーーさサシャーーーーーーーー―― スピーカーはたまに耳につく大きな不快音を鳴らしつつ、ひたすら薄くノイズ音をたれ流し続 ...
第21話 月、ふたたび・・・
― 浮かんだノイズ ― 女は店内を見回すと天井のダンボールに目を留めた。 「あー、ずっとノイズが鳴ってうるさくてね」 俺が言うと、女は何か納得したように小さく頷いた。 「木村さんはその後、どうしてますか?」 「あ、ああ……」 俺は躊躇ためらいつつも、スマホを取り出し電源を入れてみたが、やはりノイズ音が鳴った。 俺はノイズが鳴るままかまわずに、木村の動画チャンネルを開いて弾き語りをする木村を女に見せた。 「これならどこでも続けられるっていうことらしい」 「そうですか」 女は画面に興味を示すことなく ...
第22話 美樹と芹香
― 浮かんだノイズ ― 3年前だった。美樹の提案で開店五周年のパーティをした。 パーティは、顔見知った客たちだけで店を貸し切りの状態にして、食事を会費制のバイキング形式にした。 美樹としては、ここまで支えていただいたお客さまたちのために、という名目だったのだが、常連客の何人かは、俺を労ねぎらうということで、準備から手伝いをしてくれた。 だが、いざパーティが始まると冒頭の挨拶をはじめ、ことあるごとに引っ張り出されて喋らされた。 それはいいのだが、結局、酒を作るのは俺なので、カウンターとフロアを行っ ...
第23話 トリガー
― 浮かんだノイズ ― 中古車販売店に行くと、やたらと笑顔を向けてくる軽い口調の男に迎えられた。 受け取った名刺には、小橋圭介こばしけいすけとあった。 俺は男が飲み物を用意しに行ったのを見計らって、芹香せりかに、お兄さんは? と訊きくと、今の人、と短く言って、早くクルマ乗りたいなぁ、などと続けた。 聞かれたくない家族の事情でもあるのかもしれない―― 俺はそう思って、苗字の話題には触れないようにした。 結局、わずかの頭金と五年のローンで、購入の契約手続きをした。 芹香はその後、兄と話しがあると ...
第24話 開く扉
― 浮かんだノイズ ― では、実際、どんな方法でどういった事故に見せかけるか…… 計画は店の外で実行されなくてはならない。 俺が真っ先に考えたのは、闇サイトと呼ばれるもので、そこで何かしら実行方法の情報を得られるのではないかと考えた。 しかし、噂には聞くが、本当にそんなものがあるのだろうか? だいたい、そういったサイトが実際どういうものかもよく分かっていない。 違法な情報を扱っている危険なサイト、そんな程度の漠然としたイメージしかなかった。 俺はセミナーが終わると、ネットカフェに向かった。 ...
第25話 光の輪の中に・・・
― 浮かんだノイズ ― 店内に電気はついていなかった。 地下なので、外からの街灯の光がほとんど届かない。 じっと気配を探ってみたが、店内に人がいるような様子はなかった。 トイレとバックヤード以外の電灯のスイッチは中ほどのカウンター横に集中していた。 普段はだいたい明るい時間に店に来ていたのであまり気にはしていなかったが、こういう時に入り口の傍にスイッチが無いのがもどかしかった。 俺はスマホのライトを点灯させた。 空き巣か何かわからないが、突然誰かが飛びかかって来ないか警戒しながら、おそるおそる ...
第26話 儀式
― 浮かんだノイズ ― 俺は手元に視線を落としたまま、ありありと浮かぶあの・・光景、あの・・記憶を打ち消すように女に向けて声を荒げた。 「そんなの聞けばいいだろ!! 本人に……」 皮肉を込めたように言ったものの本心では怖かった。 この期ごにおよんでも、この女の能力とでもいうのか、その言動が単なるオカルトチックなまやかしだと思いたかった。 女が駆け寄って来る気配がした。 「聞けないんです。もう、そんな状態じゃない。話しができる状態じゃないんです。顔だってよく分からない」 「顔が分からない? って何 ...
第27話 どらいぶ
― 浮かんだノイズ ― あの夜、俺は、ステージの上でだらりとぶら下がっている美樹を、しばらく突っ立ったまま眺めていた。 ライトで見回した時には手前のテーブルや椅子いすに隠かくれていて見えなかったのだが、美樹の足の下には椅子が一脚転がっていた。 ふと我に帰り、俺は慌ててスマホを持ち直した。110にするか119にするか一瞬迷ったものの119に連絡する事にした。 しかし、番号を押そうとした瞬間、俺の中でアラートが鳴った。 俺は番号を押す指を止めてスマホをカウンターの上に置くと、何事もなかったように冷蔵 ...
第28話 塊のノイズ
― 浮かんだノイズ ― 女はステージに向かって、何やらお経のような物を唱となえていた。 俺は言われたとおりに黙って、固唾かたずを飲みながらその様子を眺めていた。 女はしばらく唱え続けながら、テーブルの上に塩と思われる白い粒子を使って文様もんようでも書くような動作を繰り返した。 俺は何をしているのか覗のぞこうと体を横にずらした。 「動かないで!」 女が声をあげたので俺は慌てて体を戻した。 こちらに背を向けているにも関わらず俺の動きを察知したので、驚くと共に神妙な気持ちになった。 俺はじっと待つ ...
第29話 JMA
― 浮かんだノイズ ― 気がつくと、俺は背中にひんやりとしたものを感じた。 ハッと目を開くと、ぼんやりと黒い頭がこちらを覗き込んでいて、思わず、ひっ! と声をあげて逃げようとしたが、そこでどうやら俺は床に寝ていることに気づいた。 カウンター内の床は狭くて逃げようがなく俺は再びパニックを起こし、それでもどうにか逃げようともがいた。 「大丈夫ですから! 大丈夫!」 その声色の記憶が俺の体の動きを止めた。 恐る恐るもう一度俺を覗き込んでいる顔を確認した。 そこには、名前がすぐに出てこない、あのちょっ ...
第30話 アップルジュース
― 浮かんだノイズ ― 帰り際、女は六百円を請求してきた。 俺は一瞬、意味が分からかった。 なので、呆気にとられた表情でもしていたのだろう。 女が続けた。 「本当はこのくらいの案件だと、七十万円くらいは頂かないといけないんですが、今だけ初回キャンペーン中なんで」 七十万だと? しかも、お前が勝手にやったんじゃねーか? そんな俺の考えを読み取ったように女が言った。 「ほっといたら大変なことになってましたよ」 だいたい、霊媒《れいばい》の初回キャンペーン、というのも意味が分からなかったが、そのキ ...
終幕 天使だったのかもしれない――
― 浮かんだノイズ ― 晴れやかな気分は、あの女がへんな儀式を行った日から二日ほどだけで三日後にはもう消え失せていた。 それどころか、日に日に俺の顔は嘘のように土気色にやつれていき、一週間ほどした朝には、鏡に映る俺の顔が美樹の死に顔・・・・・・に見えるようになった。 もう、10日ほど寝ていないように思った。本当に寝ていないのか、寝ていないような気がするのか、そういった認識もよく分からなくなっていた。 自分の顔を見るのが怖くなり、スマホも顔が画面に反射して映るため、しまい込んで持たなくなった。 客 ...
エピローグ 天使なんかじゃない
― 浮かんだノイズ ― 私が話しを聞き終え・・・・・・・、店のドアを開けて外に出ると、すぐ目の前に制服警官が立っていた。 「あ、終わりました。ありがとうございます」 私が言うと、若い警官は少し訝し気な表情で黙って頷うなずいた。 詳しいことは知らないが、JMAと警察はお互いに上層部で繋がりがあるらしい。 この警官もただ上司から言われたことに従っているだけで、私が何者であるかとかそういったことは知らないのだろうし、余計なことを訊きかないように言われているのだろう。 そして、私の言うことに従うように言 ...