第6話 木村のこと

執筆者 : 吉良朗

― 浮かんだノイズ ―

 俺と美樹が新しいバイトを探していた頃、木村は俺の店でライブをやるようになって2年が過ぎていたが、ファンがあまり増えないことに悩んでいた。

 その結果、自分の本気度が足りない、という答えにたどり着いたらしく、音楽に専念する、といって警備員のバイトを辞めた。

 警備員のバイト料は木村いわくそれほど悪くなかったらしく、使う金といえば、ボロアパートの家賃とスーパーで買うカップ麺とたまに牛丼、そして俺の店での飲み代とギターの弦くらいだったらしく、多少のたくわえはあったようだった。

 しかし、それを聞いた美樹は、いくらなんでも無職はよくない、といって俺の店でのバイトに誘ったのだが、木村は難色を示した。本気で音楽をやっていくんで、などと力説していた。

 木村本人としては、背水の陣でいどもうとでもしていたのだろうが、俺はどうでもいいと思いながら聞いていた。

 だが、美樹は違った。

 少しでもいいから働いたほうがいい、と食い下がり、それがまたゆずらない態度だった。そして、話が平行線のまま終わりそうにない状態になったため、俺は木村に、もう一度じっくり考えてくれ、と言ってその場を収めた。

 まいったのはその後だった。

 美樹と二人きりになった際に俺が、無理強むりじいする必要はないだろう、と言ったのだが、美樹はわけの分からない理屈をこねて騒いだ。

 私がちゃんとした家庭で育ってないから誰も私の言うことなんか聞いてくれない、というそんなような内容だった。

 美樹はつきあい出して3ヶ月ほどした頃から、たまにこういったヒステリーを突然起こすことがあった。

なので俺は、またか、と辟易へきえきした気分で聞き流していた。

 すると、美樹はそれを察知さっちし、またそうやっていやそうな顔をして私の話を何も聞いてくれない、と俺を責め始めた。

だが、そんな感じで意固地いこじになったからといって、美樹が木村にこだわる特別な理由があるわけではなかった。

 美樹は、それが単なる思いつきであっても、自分の意見が通らないことを、自分が否定されている・・・・・・・・・・、ととらえ、そしてそれは自分に価値がないからだ・・・・・・・・・・・と、そんなふうに解釈かいしゃくするようなところがあった。

 そんな時、俺にできることは、閉口へいこうし美樹が疲れて気がおさまるのを待つだけだった。

 だが、それから2週間ほどしてだったか、木村がバイトで雇ってほしいと言ってきた。

 聞くと、ちょっと楽器を弾いたり曲のフレーズを考えたりしては、すぐに気分転換と称して街に出かけてしまうらしく、つい外食をしてしまったり、ステージに立つのに必要、などと自分に言い聞かせて服などの買い物をしてしまうのだという。

 極めつけは、作曲がうまくいかなかったり、ギターの腕が上がらないのはギターのせいだ、などと血迷ったかのような錯覚を起こし、34万だかするギターを買ってしまっていた。

 結果、貯めていた金がなくなるどころか逆にローンを作ったのだった。

 無職なのによくローンが通ったな、と俺が言うと、警備会社で仲が良かった事務員に連絡して、信販会社が連絡してきたら自分が働いていることにしてくれと頼んだところ、うまいこと普通に通ったのだと自慢げに言っていた。

 そうして、その時点で俺が雇うのを決めていた女子大生がいたのだが、彼女には美樹がことわりの連絡をし、代わりに木村を雇い、更に、美樹の提案で、週のうち平日の夜1日はステージが空いている時であればライブをやっていいことになった。

 木村は、美樹だけじゃなく俺にも感謝を示した。当然だが。

 そんなきっかけで雇ったのだが、俺も次第に木村に愛着が湧くようになっていった。ただ、木村のファンについてはそれから数年してもほとんど増えなかった。

 そんな数少ない木村のファンのひとりが麻衣《まい》だった。

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