第28話 塊のノイズ

執筆者 : 吉良朗

― 浮かんだノイズ ―

 女はステージに向かって、何やらお経のような物をとなえていた。

 俺は言われたとおりに黙って、固唾かたずを飲みながらその様子を眺めていた。

 女はしばらく唱え続けながら、テーブルの上に塩と思われる白い粒子を使って文様もんようでも書くような動作を繰り返した。

 俺は何をしているのかのぞこうと体を横にずらした。

「動かないで!」

 女が声をあげたので俺は慌てて体を戻した。

 こちらに背を向けているにも関わらず俺の動きを察知したので、驚くと共に神妙な気持ちになった。

 俺はじっと待つしかなかった。

 女は手を止めると、今度はテーブルの上に並べてあったと思われる、木製の短い棒を両手で額のあたりにかかげ、より一層大きな声で唱え続けた。

 すると、不思議とスピーカーがそれに反応するように再び高いハウリング音を響かせたので、今度はそれに張り合うように女が声を張り上げていった。

 どうなってしまうのか…… 

 不安な気持ちが肥大していき、鼓膜は限界に達しそうで、頭がおかしくなりそうだった。

 女は声を張り上げ続けていた。

 俺は、動くなと言われていたので迷ったが、そっと両手を上げて耳をふさいだ。こうしてしまうと女の声もあまり聞こえなくなったが、その背中の様子から特に注意をされてはいないようだった。

 実際の音なのか先程のハウリング音の残響なのか分からなかったが、耳を塞いでいても耳の中で高い音が糸のように一定に流れているのを感じた。

 その時だった。

 俺の左側、アンプが置いてあるあたりで何かが落ちる音がした。

 いや、実際に音が聞こえたわけではなかったのだが、何かそういう気配を感じたのだ。

 思わず左を振り返った。

 見ると、床にはフォトフレームが写真面をせた状態で落ちていて、周囲には割れたガラスが散らばっていた。

 俺は逃げ出したくなるのを我慢して再び女の方を見ると、女がこちらに向かって何か叫びうったえているところだった。

 俺は何だろうと思い、耳を塞いでいた手を離した。

 ハウリング音はもう聞こえなかった。

 その時、左耳に苦しそうにうめくような呼吸音が流れ込んできて、思わず俺は再び左側を振り向いた。

 極めて黒に近い灰色で塗りつぶされたような、人型をしたかたまりが目の前に立っていた。

 そのかたまりの輪郭はチラチラとずれるノイズ映像のように揺れていて、頭部らしき部分の中にかろうじて分かる目らしき位置の二つの黒い穴が、俺をじっと見ていた。

 美樹……?

 感覚的にそう思った。

 これは美樹だ――と……

 次の瞬間、俺の視界は黒いノイズで塗りつぶされた。

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