― 浮かんだノイズ ―
「あいつ、なんだよ、ギブソンなんて十年はえーよ」
ステージの和田を見ながら木村は忌々しそうに言うと、客席から回収してきた空きグラスをカウンター裏のシンクに乱暴に置いた。
木村としては無意識につい力が入ってしまったのだろうが、俺はイラっとしたので注意をしようとした。
が、それより少し早いタイミングでカウンター越しの麻衣が声をあげた。
「でも、和田くん、最近いい曲作るようになったと思うけど」
麻衣は木村に向かってそう言ってから俺の方を見た
「ねぇ、マスター」
「え? あ、ああ……」
俺は困惑ぎみに曖昧な返事をした。
木村が不愉快な表情を露わにする。
「そうかな。全然、思わねーけど。あんな、ビートルズもろパクリみたいなコード進行なら俺だってやれるよ」
「うーん、わたしはビートルズはよく知らないけど、いい曲はいい曲よ」
「もっと革新的なことやらないと、プロにはなれなーよ」
「別に和田くんはプロになりたいわけじゃないんじゃないかな。音楽続けられればいいって言ってたし」
「だから、そんな温い考えで、本物のいい曲なんて作れねーんだって!」
こうなってしまうと木村は止まらない。
木村はその後も、とにかく和田は駄目で、どうして和田は駄目か、いかに和田が駄目か、を話し続けた。
そのほとんどはこじけや屁理屈だったが……
しかし、麻衣も麻衣で木村の心中を察するようすもなく無邪気に和田を褒め続けるものだから、木村は益々ムキになるいっぽうだった。
いくら恋人同士でも、ふたりは傍目には店員と客である。俺は、店で言い争い、いやどちらかというと店員が一方的にキレている、という図式に再び苛立ち、嫌味っぽく口を挟んだ。
「おい、木村さぁ。ビートルズだって、当時は凄い革新的なことしたりしてたんだぞ」
すると、木村は呆気にとられたような顔をした。
「え、でも、マスターだって世代じゃないでしょ? なんで革新的だったって分かるんすか?」
そんな屁理屈のようなことを言って木村はカウンターから出た。
「トイレ行ってきます」
木村が見えなくなると、俺はわざと呆《あき》れたような表情で麻衣に微笑みかけた。
「俺も麻衣ちゃんの意見には同感だな。あいつはプロというかメジャーになるってことに固執しすぎてるんだよ。そんでそういうマインドじゃない奴を見下してる」
「え?」
麻衣は呆気に取られたような表情をした。
「あー、ごめん、言いすぎだね」
俺が言うと、麻衣は微笑んだ。
その笑顔に俺は、ちょっとした下心が湧き上がった。
「あのね、プロっていうのは、まぁ、その道を職業としている人だよ。で、歌が上手いとか、ギターが上手いとかとプロになれるということが必ずしもイコールじゃないと思うんだよ」
麻衣は俺をじっと見て黙って聞いていた。
その眼差しに俺は益々悦に入っていった。
「プロになれないから才能ないかっていうとそんなこともないと思うんだよね。要は上手い奴でも、運とか、環境とかによってプロになれなかったり、むしろ、ならない選択をする奴だっているわけだよ」
そこで、麻衣が口を挟んだ。
「裕典の場合は? どう思います?」
やはり、木村のことが気になるのか……
木村の何がいいのだ――
俺には全く理解ができなかった。
「あいつには才能ないと思うよ」
そう俺が言うと、麻衣は少し不服そうな表情をした。
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