― 浮かんだノイズ ―
中古車販売店に行くと、やたらと笑顔を向けてくる軽い口調の男に迎えられた。
受け取った名刺には、小橋圭介とあった。
俺は男が飲み物を用意しに行ったのを見計らって、芹香に、お兄さんは? と訊くと、今の人、と短く言って、早くクルマ乗りたいなぁ、などと続けた。
聞かれたくない家族の事情でもあるのかもしれない――
俺はそう思って、苗字の話題には触れないようにした。
結局、わずかの頭金と五年のローンで、購入の契約手続きをした。
芹香はその後、兄と話しがあるというので、俺は一人で帰った。
高い買い物をした高揚感からだろうか、俺はマンションに帰ると、美樹にわざわざ言う必要もないのに、つい自慢げに車を購入したことを伝えた。
しかし、それが失敗だった。
美樹は、必要もないのになんでそんな無駄遣いしたのか、と俺を責めた。
俺は予想していたものの美樹の激昂ぶりに少し戸惑いつつも、無性に腹がたち、頭に血がのぼって口論になった。
なんで、お前にそんな事を言われなきゃいけないんだ!
俺の金で俺が欲しい物を買って何が悪い!
さすがにここまでストレートな物言いではなかったが、近い事は言ったように思う。
本当は車などどうでもよかったのかもしれない。
俺はただ、美樹との関係を解消したいと思っていて、その関係を壊すきっかけを作りたかっただけだったのだ、きっと。
最終的に俺は美樹と目を合わせないようにしてだんまりを決め込んだ。
すると美樹の諦めたような小さな声が聞こえた。
じゃあどこか旅行に連れていってよ……
美樹がいる限り、俺は本当の城主にはなれない――
この時、俺は頭の中でそう繰り返していた。
× × ×
妊娠したことを告げられた俺が何も応えられずにいると、美樹が静かに口を開いた。
嘘……
その言葉を一瞬遅れて理解した俺が思わず顔をあげると、美樹は悲しげな表情をしていた。
しかし、その目には、どこか俺を非難しているような色が浮かんでいた。
そんな目を向けながら美樹は続けた。
ごめんなさい……
それが、俺の美樹への憎悪が決定的になった瞬間だった。
試したのか……冗談じゃない、ふざけるな――
その翌週の定休日だった。
俺は商店会から紹介された、『店舗経営者が事業を拡大するために~』というセミナーに出かけた。
美樹には、そのあと懇親会があるから朝になるかも、と言っておいた。
セミナーは本当だったが、懇談会というのは嘘で、一人で計画を練るためだった。
計画は確実に成功させなければならない。
そのために、営業時間外は俺をよく知る人間との接触を避けようと考えた。
何か自分でも気づかないうちに、不自然な態度などをしないとも限らない。
なので、不自然じゃない程度によく知らない人間たちと会って忙しくしているようにと考えた。
もちろん、事業を拡大をしたいのは本当だった。
なので、俺はそういった状況も計画の一旦を担わせようと考えていた。
名実共にパートナーである恋人と協力しあい、事業拡大をして2人の夢を叶えよう、そう思って結婚も先送りにして頑張ってきた。
そして、さぁこれから、という矢先に突然そのパートナーを事故で失ってしまう。
大まかには、そんな筋書きだった。
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