― 浮かんだノイズ ―
店内に電気はついていなかった。
地下なので、外からの街灯の光がほとんど届かない。
じっと気配を探ってみたが、店内に人がいるような様子はなかった。
トイレとバックヤード以外の電灯のスイッチは中ほどのカウンター横に集中していた。
普段はだいたい明るい時間に店に来ていたのであまり気にはしていなかったが、こういう時に入り口の傍にスイッチが無いのがもどかしかった。
俺はスマホのライトを点灯させた。
空き巣か何かわからないが、突然誰かが飛びかかって来ないか警戒しながら、おそるおそる店内にスマホの灯りを巡らせた。
光が右手の壁際からカウンターの陰やスツールの下、床やテーブルの下、椅子、そして、床から少し高くなったステージを照らして左手の壁をなめていった。
一巡して誰かが身を潜めている様子がないのを確認すると、俺はゆっくりと店内に入った。
空き巣がいたとして、トイレに隠れていないとも限らないが、向こうが気づいてからトイレに逃げ込むような時間の余裕はなかったはずだった。
たまたまトイレに入っていたなんてことは考えにくかったが、それでも念のため警戒しながらカウンター横のスイッチへ向かおうと3歩ほど進んだ。
その時、カウンターテーブルの上に鍵が置いてあるのが目に入った。
俺は警戒心を忘れて、足早にカウンターに近づき鍵を確認した。
それは店の鍵と同じ型にコピーされた合鍵だった。
やはり美樹は合鍵を作っていたのか――?
そんな事は予想できていたはずなのだが、美樹が何くわぬ顔で毎月鍵を貸してくれと言ってくるので信用しきっていた。
再び言いようのない苛立ちが湧き上がってきた。
しかし、合鍵があるということは美樹が店内にいるということだ。
そう思った時、ふと先ほど店内にライトを巡らせて見た物の中に何か違和感があったことに思いあたった。
俺はライトを人が潜んでいると思って床まわりを中心に当てていたのだが、そのながれる光がステージをかすめた時に、光の輪の上端の方で何か不自然なものを捉えていたような気がしたのだ。
不自然なもの……
そう、細長く緩やかなカーブを描く二本の垂れ下がるものを……
俺は反射的にライトをステージ上に向けた。
その瞬間、俺の体を硬直した。
光の輪の中で美樹が宙に浮いていた。
四肢と頭をだらんと下へ垂らしながら。
浮かんだノイズ トップ