― 浮かんだノイズ ―
「お待ち合わせですか?」
俺は訊ねた。
すると、女は逡巡するように少し目を泳がせた。
「あー、いいえ」
「何にしますか?」
俺が訊《き》くと、女は呆気にとられたような表情を一瞬見せた。
「あ、ああ、じゃあ……」
そう言って女は俺の背後にある酒瓶が並ぶラックに視線を走らせた。
「アップルジュース……って、ありますか?」
俺は、腐るものをそんな所に置くわけないだろう、と思いつつ、酒場にやや強引に入ってきたわりには、注文がソフトドリンクだったので拍子抜けした
「ああ……ありますけど……あれ? 失礼ですけど、もしかして未成年ですか?」
未成年であったとしても、酒類を出さなければ法律的には問題ないはずなのだが、以前は美樹の意向で二十歳未満は入店自体を断っていた。
正直、俺はどうでもいいと思っていたし、今更となってはなおのこと美樹の意向を守る必要もなかったのだが、それでも訊いてみたのは、正直単なる興味からだった。
「あー、二十歳です」
女はそう言うと、学生証を出してこちらに向けて来た。
俺は好奇心を悟られないように何気ないふうを装って確認した。
学生証はここからほど近い場所にある大学のもので、名前の欄に『神和住月』とあった。
「カミワズミルナです」
女は、俺の心中を悟ったかのように名前の読み仮名を言った。
生年月日を見る。一応、計算してみたが確かに二十歳だった。
「ありがとうございます」
俺は、そう言って学生証を返した。
女が学生証をバックに戻したタイミングで、木村が外から戻ってきた。
俺はアップルジュースを注いだグラスを女の前に差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
俺は女に軽く微笑み返して頷くと、外看板に灯りを点けるために、酒のラックが並ぶ壁の端にある電源スイッチを入れた。
その時、ラックの端の段に、木村が置いたまま忘れているデジタルフォトフレームがあるのに気がついた。
ラックの端の段にはオーディオシステムのプリアンプがあり、俺はその上に美樹の写真が映るデジタルフォトフレームを飾っていたのだが、それを木村が真似をして隣に置いたものだった。
ただ、美樹だけが映っている俺のものとは違い、木村のフォトフレームには一年ほど前まで木村の恋人だった、麻衣と木村のツーショット写真が複数枚、次々と変化して表示されるものだった。
「おい、これ、いいのか?」
俺は、デジタルフォトフレームを手にとって木村の方に差し出した。
「あ、忘れてた」
「忘れてた、じゃないだろ」
木村は俺からフォトフレーム受け取ると、フレームの横にあるスイッチで電源を落としてからスーツケースに入れた。
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