第5話 その女…月

執筆者 : 吉良朗

― 浮かんだノイズ ―

「お待ち合わせですか?」 

 俺はたずねねた。

 すると、女は逡巡しゅんじゅんするように少し目を泳がせた。

「あー、いいえ」

「何にしますか?」

 俺が訊《き》くと、女は呆気あっけにとられたような表情を一瞬見せた。

「あ、ああ、じゃあ……」

 そう言って女は俺の背後にある酒瓶が並ぶラックに視線を走らせた。

「アップルジュース……って、ありますか?」

 俺は、腐るものをそんな所に置くわけないだろう、と思いつつ、酒場にやや強引に入ってきたわりには、注文がソフトドリンクだったので拍子抜ひょうしぬけした

「ああ……ありますけど……あれ? 失礼ですけど、もしかして未成年ですか?」

 未成年であったとしても、酒類を出さなければ法律的には問題ないはずなのだが、以前は美樹みき意向いこうで二十歳未満は入店自体をことわっていた。

 正直、俺はどうでもいいと思っていたし、今更となってはなおのこと美樹の意向を守る必要もなかったのだが、それでもいてみたのは、正直単なる興味からだった。

「あー、二十歳はたちです」

 女はそう言うと、学生証を出してこちらに向けて来た。

 俺は好奇心をさとられないように何気ないふうをよそおって確認した。

 学生証はここからほど近い場所にある大学のもので、名前のらんに『神和住月・・・・』とあった。

カミワズミルナ・・・・・・・です」

 女は、俺の心中しんちゅうさとったかのように名前の読み仮名を言った。

 生年月日を見る。一応、計算してみたが確かに二十歳だった。

「ありがとうございます」

 俺は、そう言って学生証を返した。

 女が学生証をバックに戻したタイミングで、木村が外から戻ってきた。

 俺はアップルジュースをそそいだグラスを女の前に差し出した。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

俺は女に軽く微笑ほほえみ返してうなずくと、外看板そとかんばんあかりをけるために、酒のラックが並ぶ壁の端にある電源スイッチを入れた。

 その時、ラックのはしの段に、木村が置いたまま忘れているデジタルフォトフレームがあるのに気がついた。

ラックの端の段にはオーディオシステムのプリアンプがあり、俺はその上に美樹の写真が映るデジタルフォトフレームを飾っていたのだが、それを木村が真似をしてとなりに置いたものだった。

 ただ、美樹だけが映っている俺のものとは違い、木村のフォトフレームには一年ほど前まで木村の恋人だった、麻衣まいと木村のツーショット写真が複数枚、次々と変化して表示されるものだった。

「おい、これ、いいのか?」

 俺は、デジタルフォトフレームを手にとって木村の方に差し出した。

「あ、忘れてた」

「忘れてた、じゃないだろ」

 木村は俺からフォトフレーム受け取ると、フレームの横にあるスイッチで電源を落としてからスーツケースに入れた。

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