― 浮かんだノイズ ―
女は、呆気にとられた表情をしている木村に気づくと、あっ、と小さく叫んで慌てて話題を変えた。
「あー、あの、木村さんは、実家に帰るんですか?」
「え? あ、あー……」
木村は曖昧にうなづいてから俺に何かをうったえるように見た。
女がまた、自分の隣の空間を一瞥《いちべつ》した。
それから、意を決したように木村の方に身を乗り出した。
「すみません。ちょっといいですか?」
「え?」
木村は身構えたが、女はかまわず続けた。
「あのー、まだ、実家に帰るには早いんじゃないでしょうか?」
「え……?」
木村は顔をしかめた。
「あ、いや、そもそも諦められるのか……と……」
この女は何を言っているんだ……
どういうつもりなのか……
俺と木村は顔を見合わせた。
木村の表情からは、明らかな不快感が見てとれた。
そんな俺たちの様子を見て、女は慌てて取り繕った。
「いや、えーと、ですね。応援してくれる人がいないから諦めるっていうのは、ちょっと、違うんじゃないか……と思ってですね……」
女はしきりに隣の空間を見ては言葉を選ぶように話していた。やはりそれは何か確認しながら話しているように見えた。
「あ、いや、これは、その……あたしが言ってるとかじゃなくて、そういう意見も……あるかなぁって……」
やはり、この女は木村を知っている――
この女が来てから、木村は自分の名前を名乗っていないし俺も木村を名前で呼んでいない。それなのにこの女は、木村、と名前を呼んだ。
そして、今女が言った事だ。
“あたしが言ってるとかじゃなくて”
そう言った。
もしかすると、誰かに頼まれて木村に会いに来ているのかもしれない。
しかし、何のために?
「ちょっと、失礼じゃないかな。いきなり」
俺はなるべく丁寧な口調で言った。
この女の事を、未熟なガキだな、と思いつつも客であることには変わりないので、できるだけ感情を抑えたつもりだった。
その時だった。
天井から吊るすように設置していたスピーカーから、けたたましいハウリング音が響いた。
まだオーディオシステムに電源を入れていないはずだった。
混乱しつつ慌ててラックの端に向かい確認したが、やはり電源は入れていない。
プリアンプの上ではフォトフレームの中で美樹が微笑んでいた。
背後で女が声をあげた。
「あ、あ、ダメ! ちょっと、待って……」
俺が驚いて振り返ると、女は木村の真横に立って木村を睨みつけていた。
ハウリング音が止んだ。
いや、正確には止んだわけではなく、ごく小さくうすく流れていた。
女が突然、声を荒げた。
「その程度だったの?! 裕典の音楽が好きだっていうのはさ!」
言われた当の木村はもちろんだが、俺も唖然となった。
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