静かな隣人
和雄とひかりは駅近のマンションで暮らす若い夫婦。
そんな二人は、3か月ほど前に隣の部屋に引っ越してきたユーチューバーのゲーム実況の声に毎晩悩まされていた。
そんな状況に和雄の我慢は限界を迎えようとしていた……
第1話 和雄とひかり、そして隣人
― 静かな隣人 ― ベランダの窓から真っ赤な月を眺めていると背後で和雄の舌打ちをする音が聞こえたので、ひかりはゆっくりと振り返った。 和雄がしかめっ面をして隣室との境界になった壁を殴る。 「毎晩毎晩うるせーんだよ、まったく」 ひかりが呆れたように言う。 「もうやめときなよぉ。無駄無駄」 和雄がまた舌打ちをする。 思い切り壁を殴ったものの、隣の部屋の大声が止まることはなかった。 この2LDKの賃貸マンションは都心部の高級マンションには遠く及ばないものの、地方都市とはいえ駅が近くてわりと新しく、専 ...
第2話 犯罪グループ
― 静かな隣人 ― 和雄は母親の顔を知らない。 父親は典型的かつアナクロな毒親で、たまにやる日雇い仕事で手に入れた金もほとんどが酒やギャンブルに消え、老若男女相手を問わずすぐに口論をふっかけては、時に怪我をしたりさせたり、といった調子だった。 なんで、あんな奴が生きてられるんだ―― この父親への和雄の嫌悪は今に始まったことではないが、最近は特にそう思う。 父親とは物心ついた頃から、必要なこと意外で口をきくことはおろか顔を合わせるのも避けるようになっていたのだが、こういった父親のダメなところをある ...
第3話 外国人アパート
― 静かな隣人 ― 『オマージュ商材』以降、和雄の乏とぼしいアイデアは早くも底を尽いた。 そして、そこからは安直で乱暴な方向へシフトチェンジし、そしてエスカレートする。 グループのメンバーに空き巣をやらせたり、時には一軒屋へ強盗にも入らせるようになった。 当たり前だが、強盗はすぐに大きな騒ぎになった。 そのため、そこからしばらく自粛・・した後は、近場を避けて隣県にまで遠征するようになった。 こうして、短期間に行動を起こしては、一度おとなしくしてからまた行動、を繰り返した。 ただ、おとなしく・ ...
第4話 四面楚歌
― 静かな隣人 ― 毎日昼夜問わず突発的に泣き出すシュンは、その日の夕方も泣き喚わめいていた。 そんなシュンを放置したまま、ひかりはヘッドホンで音楽を聞きながら、寝そべった姿勢で、怪我した野良猫が保護されるYoutube動画をスマホで見ていた。 いっぽう和雄のスマホには、連日昼夜問わずの非通知着信の通知で画面が埋め尽くされ、和雄たちのグループが連絡用に使っているLINEグループにも捕まった二人の名前で通話通知が飛んでくる。 当然、誰も応答しないのだが、それがしばらく続くと今度は和雄を名指しで、お ...
第5話 長い夜
― 静かな隣人 ― 気がつくと、目の前の床に血だまりができているのが見えた。 頭をやられたか―― かなり血が出てるようだが、痛みはなかった。 喧嘩で初めて角材で頭を割られた時、血が思いのほか出たことに驚いたのを思い出した。 その時も、流れる血に興奮してなのか殴られた衝撃だけで、痛みを感じ始めたのはかなり時間が経ってからだった。 シュンの泣き声が聞こえた。 先ほどよりもひときわ大きな声だった。 疲れるということを知らないのか―― 隣のおばさんが壁をどんどん叩いている音が響いていた。 いい ...
第6話 夜がつづく
― 静かな隣人 ― ひかりは必死に抵抗した。 抑えつける二人も無我夢中だったが、俯うつむくようにして一切ひかりの顔を見ようとしなかった。 脚は自由だったため必死でばたつかせたひかりだったが、外国人は笑いながら、オマエラ、アシ、アシ、ナンデアシオサエナイノ、などと言いながら、ひかりのデニムショーツから露出した太腿ふとももを狙いすましたように鋭く蹴った。 太腿に衝撃が走り、痛みと痺しびれで麻痺して脚が上がらなくなった。 それでも、もう片方の脚と上半身でもがくように暴れていると、抑えつけていた一人が、 ...
第7話 翳りゆく部屋
― 静かな隣人 ― 部屋を襲撃された際に、部屋の中の物はことごとく破壊されていた。 ほとんどが使い物にならなくなっていて、それらはひかりの両親が片付けてくれたのだが、大半は捨てられていった。 なかには、ほとんど使ってなかった調理器具を含め、一部のラックなどまだ使える物も無いわけではなかった。 しかしそれらも、その段になってやっと初めてこの部屋を訪れた和雄の父親に処分された。 和雄の父親は、しけたもんしかねーな、とかなんとかぶつぶつ言いながら部屋の隅にそれらを集めたかと思うと、外で待たせていた老年 ...
第8話 うるさい隣人
― 静かな隣人 ― 「あー、うっせー。もう無理だ! ぶっ殺してやる!」 和雄の我慢はついに限界に達していた。 壁をいくら殴ってみても、一向に実況の叫び声が収まる気配はない。 和雄は勢いよく立ち上がるとキッチンに向かった。 ひかりはキッチンに入って見えなくなった和雄の方を不思議そうに眺めた。 すると、和雄の舌打ちする音が聞こえた。 「何してんの?」 ひかりがキッチンに向かって声をかけると、すぐに和雄が戻ってきた。 「くっそ。ホント、なんもねーなぁ……」 「しょうがないじゃん。いまさら何言ってんの ...